その像の前から全く動かない男がいた。
ただ、ひたすらに像をみつめ、身動ぎしない。
その場所はイタリアはローマの中にあるバチカン市国、サンピエトロ大聖堂。
まだ若きミケランジェロが完成させ、彼の代表作になったピエタ像。
この作品にかけるミケランジェロの想いは「世界で一番優しい女性の表情を彫ってみせる」と豪語したかのようである。
慈愛に満ちみちたその穏やかで、まるで悲しみに耐え、それを超越したかのようなまさに聖母の表情から出るオーラは本物。
その前から動けなかった男とは、初めてピエタ像を見たときの私のことだ。
どなたにでも感じて欲しい。
芸術など語るような男ではない私でも、この作品がすごいことは分かる。というか、自分が感動するのなら、世評などどうでもいい。
これは、亡くなったイエス(自分の子ども)を抱くマリア様の像である。
しかし私にとってこれが感動的な理由は、これがマリア様であれ誰であれ、亡くなったわが子を抱く女性の表情を、感情を、これほど現せる像は他にはないであろうということ。
母性そのものなのである。

